●東京に憧れるということ
俺は神奈川県横浜市に生まれたので、東京に憧れたことは一度もない。電車で1時間半ぐらいで行ける場所にどうして憧れることができよう。俺は人ゴミの多い東京に行くより、鎌倉や三浦半島に良く行ったものだ。長渕剛の『とんぼ』なんて歌はメロディーは良くても、俺にとってイマイチその歌詞に共感できないのである。
地方の人から見れば東京も横浜も同じに見えてしまうものだが、東京と横浜は違うのだ。東京は江戸幕府開幕から400年以上の歴史があるので、人間の厚みがまるで違うのである。それに対して横浜は幕末に貿易都市として作られたので、ハイカラではあってもまだまだ人間の厚みは薄いのだ。
日本国民に東京の凄さを決定的に誤解させたのが映画『フーテンの寅さん』であろうと思う。東京の実態を知っている者として、あの映画どうもおかしいのである。その理由は至って簡単で、監督の山田洋二は東京都出身ではなく、大阪府出身なのである。道理で東京のことが解っていないわけだ。
東京の人たちの内、東京で生まれ育ったのなら、必ず「粋」という物を大事にしてくる。だからどんな服を着ていても、それなりに着こなし、決まっているのだ。フーテンの寅さんみたいにだらしない人はいないものなのである。しかもあんなフラフラな生き方をしていれば、必ず周囲の人たちから突っ込まれ、とてもではないが地元に住めなくなってしまうものなのである。
横浜はお洒落な都市ではあっても、「粋」なる文化を持っていない。そこまで文化が発達していないのだ。この世で生きて行く上で大事なことは、そういう「格差」を察知することであって、山田洋二みたいに自分の勘違いを貫くことではないのだ。
今回紹介する本はこの本!
西原理恵子著『上京ものがたり』(小学館)
これは東京と地方の格差が良く解る本なのである。西原理恵子は山田洋二みたいに嘘をついていないから、非常に共感できるのである。
●上京した田舎者の最大の欠点
西原理恵子は高知県出身なのであるが、その彼女が東京に上京してきてみて、一番格差を感じたのが、「お洒落」についてであるのだ。高知県ではお洒落であったと思っていた服や靴であっても、東京では格好悪く感じてしまったのだ。これは本当なのであって、東京のファッションセンスは突出しているものなのである。
西原理恵子は女性だから、こういう場合、当然にお洒落をしたくなる。そこで様々なアルバイトをしまくり、時給がいいということでスナックでホステスのバイトをし始める。これは田舎者の女性が陥り易い典型的なパターンで、出費が嵩むために、水商売に手を出してしまうのである。
西原理恵子が東京に上京してきたのは美術大学に入学するためであったのだが、その予備校である美術学校に通い、そこで格好いい男性を見つけてしまい、付き合うことになってしまう。男性と安易に付き合ってしまうと、後々まで酷い目に遭うものなのであるが、この時はまだ気付いていない。
東京は本当に物価が高いのである。千葉に住んでいる俺ですら、東京の物価の高さには驚くものなのである。そういう物価の高い東京に住むなら、財布の紐を堅く締めるしかないのだ。東京の人は意外とケチなのだ。ケチでないとやっていけないものなのである。あれも欲しい、これも欲しいでは、幾ら収入があっても足りなくなってしまうのだ。
東京で生き抜くためには「合理主義」に徹するしかないのだ。合理主義に徹していないと、いずれは行き詰まって行ってしまうものなのである。自分の目標を設定して、その目標を実現すべく、全力になって取り組むからこそ、貧乏を克服できるし、成功して行くことができるのである。田舎者の情緒を残しているようでは、勝てる戦いにも勝てなくなってしまうのだ。
●水商売の世界ではみんなクズ
西原理恵子が行き着いた先は、歌舞伎町にあるミニスカパブでのホステスである。時給が高かったのと、この仕事は夜間だけなので、昼間は勉強に充てることができるからだ。しかしこのお店はとんでもないお店であることが後に発覚することになる。
このお店は本当にみんなクズなのである。
ヤンキーのホステス。
セクハラする店長。
人生を完全に舐めているボーイ。
こんな店に一流の人たちがやってくるわけがなく、要は大した仕事をしていない男性客たちがやってくるのだ。当然、クズのような連中がクズのような人たちに碌でもないサービスを施すのだから、まさに修羅場である。或る意味、歌舞伎町のダークな部分なのである。
西原理恵子はこの仕事のストレスのために顔面麻痺になってしまう。それを店長に言うと、
「バカヤローッ! だから高い時給が貰えんだ!」
と怒鳴りつけられてしまう。本当にその通りなのであって、巧くストレスを解消しながら仕事をし続けないと生きて行くことはできないのである。
高い給料を貰っているのだから豊かになる筈なのだが、そうは行かない。彼氏が自宅に居候してしまい、その彼氏の生活費まで面倒を見てしまうのである。しかもよせばいいのに野良猫を拾ってきて、それを自宅で飼ってしまったりしてしまうのである。
こんな生活をしているわけだから、美術大学に行っても碌な友達もできやしない。みんな口先ばっかりで行動を起こさないのだ。こういうことをやっていては絵が上達するわけがなく、あっという間に大学の4年間は過ぎ去り、卒業になってしまったのである。
●水商売でいい女はいい結果を出すとは限らない
このミスカパブはクズばかりなのだが、中には「葉美ちゃん」というクズではない立派な女性もいるのである。葉美ちゃんは美人でスタイルが良く清楚で、性格は素直である。どう考えても別格な存在で、事実、彼女に仕事をさせれば一番良く仕事ができるのである。この葉美ちゃんがなぜこんな所で働いているのかといえば、演劇に嵌ってしまい、劇団員であるためにお金が必要だったからなのである。
葉美ちゃんは4年間このミニスカパプを勤めあげて、目出度く辞めることになった。辞める1週間前からお店は満員になり。大盛況だった。葉美ちゃんは故郷の動物園に就職が決まり、帰郷してしまうのである。「劇団の方はどうしたんだ?」と突っ込みを入れたくなるが、女優としては駄目であったのであろう。
水商売でいい女はいい結果を出すとは限らない。葉美ちゃんは確かにいい女だった。彼女は美人だけでなく仕事もできたのだ。しかし葉美ちゃんは最初から勘違いをしているのである。水商売を金儲け目当てで入ってしまうと抜け出せなくなってしまうものなのである。
水商売をやる女性の成功というのは、お客様の内、自分が気に入った男性と結婚することなのである。売れっ子のホステスはそれだけ選択肢が多くなるのであって、自分が優位な状態で選択できる内に選択してしまえばいいのである。
もう1つの成功が「お店を持つ」ということなのである。水商売のお店を持つためには大金が必要だから、せっせと働き、地道に貯金して行くしかないのだ。安易にパトロンとかに資金を出して貰うと、後で厄介なことになってしまうのである。
葉美ちゃんのような女性はどこの世界でもいる。美人であり能力があっても目標が明確ではないのだ。体は大きくても、まだまだ夢見る少女で居続けているので、それで自分に与えられたチャンスを全て逃してしまうのである。チャンスというものは常に与えられるものではないのだ。チャンスが有る時にチャンスを活かさないと、チャンスがなくなってしまうものなのである。
●何事も「L字曲線」
西原理恵子の悪戦苦闘はまだまだ続くのだが、近所に住む人のいいオジサンの紹介で、出版社に原稿を持っていくことができた。その際、担当者は丁寧に原稿を見てくれたのだが、
「一番得意なタッチでもう1枚書いて来て貰えませんか?」
と最後に言った。西原恵理子はそれを聞いて、
(一番得意なタッチなんてない)
ということに気付いてしまう。当然の如く、この出版社で作家デビューする話はオジャンである。
とうとう西原理恵子は美術大学を卒業してしまった。そこで西原理恵子は自分で名刺を作り、様々な出版社へ営業して回った、しかし仕事が来るわけがない。ところが或る日、エロ本のカットの仕事の舞い込み、西原理恵子はそれを受けて、見事仕事をこなすことになる。
この一件で西原理恵子は、自分は詰まらない女ではなく、自分が好きでやってきたことが、やっと誰かに認められ、大喜びする。嫌いになっていた東京に、
「有難うーーッ!」
って叫びたくなってしまった。エロ本のカットで稼いだので、やっとオンボロではあるがマンションに引っ越すことができた。しかもミニスカパブを辞めることができ、絵の仕事に集中することができたのである。
ところがこの家にも彼氏がやってきて、居ついてしまう。彼氏は全く働かないので、それでいつも喧嘩になり、とうとう彼氏と別れてしまう。しかし西原理恵子は元彼がお金を無心して来る度にお金を貸してしまい、ズルズルと関係を持ち続けてしまう。
そんな時、飼っていた猫が車に轢かれて死んでしまった。西原理恵子は元彼と一緒に出向いて、猫を墓に入れてあげることしてあげた。するとどうであろう。その一件で元彼との関係が完全に切れてしまい、双方、電話することがなくなり、本当に別れることができたのである。
西原理恵子は彼氏と別れてから仕事が殺到するようになり、連載まで貰えるようになる。それと同時にエロ本でのカットの仕事が終了した。理由は青年誌の路線がエロからお笑いに変更したからなのだが、連載が始まったと同時にそのことが起こったので余りにも不思議な出来事であった。
何事も「L字曲線」を描くのであり、失敗の連続で、失敗をし続け、失敗をしまくり、そして最後に大成功するものなのである。西原理恵子は失敗しまくったからこそ、成功することができたのである。失敗を全くせずに成功したわけではないのだ。失敗しないと実力はつかないものなのである。
●出会う人たちはみんなそれなりの意味があった
西原理恵子は成功してから、出会う人たちはみんなそれなりの意味があったことに気付く。特にあの彼氏である。彼氏は画家志望であったかもしれないが、その後、何も働くことなく、西原理恵子の家に居座り続けていたのである。西原理恵子は最後にそれを理由に追い出すのだが、その理由は成功した後に解ったのである。
仕事をしない彼氏は西原理恵子の愚痴を聞き、それで西原理恵子はストレスを発散させていたのである。西原理恵子はミニスカパブから帰って来るのは午前様である。西原理恵子は自宅でお酒を飲みながら、彼氏にお客の悪口を散々言いまくり、しかもそれが明け方まで続いたのである。
彼氏はその重労働に付き合っていたのである。
冷静に考えれば、夜中じゅう、ずっと起きていて、それでどこかに働きに行けというのは無理があるものなのである。彼氏は西原理恵子がミニスカパブでお金を稼いだ分、或る意味、犠牲になっていた部分があるのである。だから西原理恵子は彼氏と別れた後にそのことに気付くと、「有難う」と言えたのである。
その人間が如何にクズであっても、自分が出会わなければならない人に出会っていない人にはチャンスが巡ってこないものなのである。
或る日、出版社で女性作家がわんわん泣いていて、聞けば連載を打ち切られたという。西原理恵子は同情するが、その一方で、
(可哀想だけど、悪いのはアンタだよ。アンタが詰まらないから悪いんだよ)
と思ってしまう。西原理恵子は結構シビアかもしれないが、クズのような連中と散々に付き合ってきた彼女にしてみれば、その女性作家の甘さが見えてしまうのである。
嫌な出来事というのは、自分を成長させるために絶対に必要なことなんだよ。
●実話と余りにも違う
本来なら、
「この本はいい本だから、皆さん、是非買って読んで下さいね」
と言いたい所である。しかし俺はこの本を読んで、作者の西原理恵子をとっ捕まえて、言いたいことがある。
「おい! 西原理恵子! テメェ~、嘘ついてんじゃね~よ!」
と。
「この本は半分正直に書かれているけど、半分は嘘だろうが!」
西原理恵子は東京に上京してきたのは、普通の田舎者たちのように高校を卒業してからやってきたのではないのだ。西原理恵子は飲酒を理由に私立土佐女子高等学校で退学処分を受け、高校中退をという形で東京に上京してきたのである。
西原理恵子は東京で勉強して大検に合格し、その後、予備校の立川美術学院に通うことになる。その上で見事、武蔵野美術大学に入学するのである。この武蔵野美術大学は優秀な人材を大量に排出してくる名門校であって、西原理恵子はそれなりに実力があったのである。
ところが大学でのシーンがまるでなし。その最大の理由は絵がそんなに上達しなかったからなのである。まあ、ミニスカパブでホステスをやっているような学生だと、他の学生たちとまともな友情を気付けない理由もあったろうが、武蔵野美術大学に通って絵が上達しなかったのは、それはそれで問題であろう。
最大の問題は彼氏である。ヒモになってしまった彼氏は立川美術学院で出会ったので、彼氏は画家を志していた筈なのである。ところが西原理恵子と付き合う中で、画家になることを諦めたらしいのである。本では男性との遣り取りがイマイチなので、その辺りのことが良く解らない。
本を読めば西原理恵子は田舎から上京してきたダメな女性になってしまっているのだが、実際の西原理恵子はそれなりに優秀な女性だったのである。事実、大学を卒業してからすぐさま出版社から仕事を貰えているからだ。その一方で、彼氏は西原理恵子の実力と成功の中で潰されていったのである。
この本を読んで感動することも確かに大事なことではあるが、西原理恵子の成功に元彼が犠牲になったと考える方がより事実を理解し易いのだ。
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